2018年12月8日土曜日

科学的に効果のあるPTSD治療についてまとめてみた


前回「PTSDのリスクファクターについてメタ分析したカリフォルニア大学の研究」という記事を書きましたが、PTSDの治療としてはどのようなことが効果的なのでしょうか。


このことが気になったので、今までのPTSD治療に関してメタ分析を行った研究をまとめてみることにしました。

メタ分析とは、関連するテーマの先行研究を集めてきて、定量的に評価したもののことをいいます。

複数の研究をまとめたものなので、研究の信頼性は高くなります。

メタ分析では「効果量」という標準化された数値を用いて効果の大きさを評価するのですが、平均の差の効果量としては、0.20で「小さい」、0.50で「中程度」、0.80で「大きい」効果があるとされています(Cohen, 1988)。


今回まず参考にしたのは、1998年にミシガン大学が行った研究です(Van Etten & Taylor, 1998)。

ちょっと古いですが、こちらの研究では、PTSD治療に関する61の試験をメタ分析して、

・薬物療法
・心理療法
・コントロール群

の効果を比較しています。


その結果、

・心理療法は薬物療法よりもドロップアウト率が低い(14% vs 32%)

・症状の軽減効果も高かった(効果量 1.51 vs 1.05)

ということがわかりました。


ちなみに、コントロール群でも効果量 0.77となっており、単純に時間が経過するだけでもそれなりに大きな改善効果があるようです。


また、この研究では薬物療法と心理療法のなかでどのようなものが効果的だったかもメタ分析されています。

その結果、それぞれの効果量は以下のようになりました。

薬物療法

・SSRI(抗うつ薬) 1.43
・カルバマゼピン 1.45

心理療法

・行動療法 1.89
・EMDR 0.69


この2つの心理療法については15週間後のフォローアップ調査も行われており、

・行動療法 1.93
・EMDR 2.27

となり、その後の効果も持続することが示されました。


ちなみに、EMDRとはEye Movement Desensitization and Reprocessingの略で、日本語に訳すと、「眼球運動による脱感作と再処理法となります。

これだけだと何のことだかさっぱりわかりませんが、眼球運動が脳の処理プロセスを促すという理論に基づいて、トラウマを思い出すときにセラピストが左右交互に動かす指をクライアントが目で追っていく心理療法です。

「ほんまに効くんかい?」と思いたくなりますが、今回のメタ分析のようにしっかり効果がみられているんですね。

私もいつかEMDRの研修を受けてみたいです。


心理療法と薬物療法については、その後それぞれ別のメタ分析も行われています。

心理療法に関しては、2005年にアメリカのエモリ―大学が行った研究が参考になります(Bradley et al., 2005)。

こちらの研究では、PTSDの心理療法に関する26の先行研究をメタ分析して、その効果を比較しています。

比較対象となったのは、

・曝露療法
・認知行動療法
・EMDR

の3つです。


曝露療法とは、不安や恐怖を克服するために、危険を伴わない環境のなかで、あえてそのような状況に直面させる心理療法です。

不安や恐怖が強いと、それを和らげようとする行動が増えすぎて、日常生活に支障を来すことがあります。

例えば、家の鍵をかけたかどうか気になって何度も確認してしまったり、手が汚いのではないかと思っていつまでも手洗いがやめられなかったりすることなどです。

このような行動を止めるために、あえて不安や恐怖に曝露させるのです。


では、それぞれの心理療法の効果をみてみましょう。

・曝露療法 1.57
・認知行動療法 1.65
・EMDR 1.43

どれも大きな効果がみられていますが、なかでも認知行動療法が最も大きくなっています。

さきほどの研究で効果が認められていた行動療法に、物の見方を修正していく認知療法が加わったため、さらに大きな効果がみられたのでしょう。

それに、物の見方が修正できれば、過去のトラウマは現在のトラウマではなくなりますからね。


最後に、PTSDの薬物療法に関するメタ分析をみていきましょう。

これは、2015年にイギリスのカーディフ大学が行った研究が参考になります(Hoskins et al., 2015)。

この研究では、PTSDの薬物療法に関する51の先行研究に対して系統的レビューとメタ分析を行っています。

そして、その研究結果から以下のようなことがわかりました。

・SSRIはコントロール群と比較して、有意にPTSD症状を改善する

・ただし、その効果量は小さい(効果量 -0.23)

・個別の薬剤としては、パロキセチン、フルオロキセチン、ベンラファキシンがPTSDへの効果が大きい(効果量 -0.43, -0.24, -0.20)


薬物治療の効果はありますが、何もしないグループと比較すると大きな効果はないようです。

個別の薬剤としては、日本ではフルオロキセチンは承認されていないため、PTSDの治療効果を期待するならパロキセチン、ベンラファキシンとなるでしょう。

ただし、薬には副作用や相互作用もあるため、これらの薬剤を使うかどうかは個別のケースに応じて検討が必要になります。


以上をまとめると、

・PTSDの治療としては、心理療法、薬物療法ともに効果的だが、心理療法のほうが効果が大きい

・何もしないグループでも時間経過とともに改善はみられる

・薬物療法としては、パロキセチン、フルオロキセチン、ベンラファキシンが有効であることが示されているが、個々のケースに応じて検討は必要

となります。


よろしければ参考にしてください。


参考文献:
Bradley, R., Greene, J., Russ, E., Dutra, L., & Westen, D. (2005). A multidimensional meta-analysis of psychotherapy for PTSD. American journal of Psychiatry162(2), 214-227.
Cohen, J. (1988). Statistical power analysis for the behavioral sciences 2nd edn.
Hoskins, M., Pearce, J., Bethell, A., Dankova, L., Barbui, C., Tol, W. A., ... & Bisson, J. I. (2015). Pharmacotherapy for post-traumatic stress disorder: systematic review and meta-analysis. The British Journal of Psychiatry206(2), 93-100.
Van Etten, M. L., & Taylor, S. (1998). Comparative efficacy of treatments for post‐traumatic stress disorder: A meta‐analysis. Clinical Psychology & Psychotherapy: An International Journal of Theory and Practice5(3), 126-144.