私たちには睡眠が必要なことは周知の事実ですが、どうして眠らなければならないのかについては実はあまりわかっていません。
狩猟採集民として野生のなかで暮らしていた先祖の生活を考えれば、睡眠中は敵から狙われる危険性も高く、身を守るうえでは明らかに不利な状況になるわけですが、なぜ自らの命を晒してまで睡眠が必要だったのでしょうか。
このことに対する答えの1つとして、「グリンパティック・システム」というものが最近注目されています(Xie et al., 2013)。
グリンパティック・システムとは
グリンパティック・システムとは、簡単に言うと、脳内の老廃物を除去する仕組みのことです。
脳以外の体では、リンパ系が老廃物の除去を担当しているのですが、脳内では代わりにグリア細胞というものが同じような働きをしていることが最近わかったので、「グリア+リンパ」ということで、「グリンパティック」と呼ばれるようになりました。
わかりやすい名付け方ですね。
ちなみに、グリア細胞とは、脳の神経細胞以外の細胞の総称のことで、神経細胞の活動をサポートする働きがあります。
老廃物が除去される仕組み
では、グリンパティック・システムでどのようなことが行われているかみていきましょう。
頭蓋内では、脳を包み込むように髄液という無色透明な液体で覆われています。
この髄液が、グリア細胞を介して、脳細胞の隙間に入り込み、細胞の活動によって生じた老廃物を静脈に洗い流します。
このときに活躍するグリア細胞はアストロサイトとよばれ、アストロサイトのなかに含まれるAQP4というチャンネルによって、髄液をどのくらい細胞の隙間に流入されるかコントロールしているようです。
ダムの水門のような役割だと思ってもらえれば、わかりやすいですかね。
ちなみに、脳内の老廃物として有名なのが、アミロイドβというタンパク質です。
グリンパティック・システムがうまく働かないと、アミロイドβが脳内に蓄積していきます。
そして、このアミロイドβが蓄積してしまった状態を呈する疾患が、アルツハイマー型認知症です。
睡眠不足だとアルツハイマー型認知症になりやすいと言われる所以は、このグリンパティック・システムにあったというわけです(Jessen et al., 2015)。
睡眠不足って、怖いですねぇ。
老廃物の除去は起きている間にできないの?
ここまでの内容だと、「老廃物の除去って、別に寝ている間でなくても、できるんじゃね?」と鋭い方は思われるかもしれません。
結論から言うと、できないことはないですが、圧倒的に効率が悪いです。
なぜかというと、グリンパティック・システムのスイッチを入れるには、ノルアドレナリンが大きく関わっているからです。
ノルアドレナリンとは、簡単に言うと、体を活発に動かすときに分泌される物質で、起きているときに濃度が高く、寝ているときに濃度が低くなります。
そして、グリンパティック・システムを働かせるには、ノルアドレナリンの濃度が低くなる必要があるのです。
実際に、マウスを使った実験では、
・髄液の流入は起きているときで95%まで低下する
・寝ているときでは、脳細胞の隙間は60%増加している
と報告されており、睡眠中のほうが圧倒的に効率がよさそうですね。
グリンパティック・システムに影響を与えるその他の要因は?
マウスを用いた先行研究では、睡眠状態以外にもグリンパティック・システムに影響を与える要因として、以下の2つが指摘されています(Iliff et al., 2013; Lee et al., 2015)。
・大脳動脈の拍動の増加
・側臥位(横向きで寝た姿勢)
大脳動脈の拍動が増加すれば、髄液が移動しやすくなって、グリンパティック・システムが改善するのはなんとなくイメージできますが、寝るときの体位も影響していたのは意外ですね。
人間での研究は今後待たれるところですが、グリンパティック・システムを効率的に働かせるためには、横向きの姿勢で寝たほうがよいかもしれません。
まとめ
以上をまとめると、
・睡眠が必要な理由の1つとして、脳内の老廃物の除去がある
・老廃物の除去は、髄液の流入と脳細胞の隙間を調整しているグリンパティック・システムによって行われる
・睡眠中は、ノルアドレナリンの濃度が低下することで、グリンパティック・システムが効率的に働くことができる
となります。
グリンパティック・システムは比較的新しいトピックであるため、これからさらに詳しいことがわかるかもしれません。
今後の研究にも注目していきたいです。
参考文献:
Iliff, J. J., Wang, M., Zeppenfeld, D. M., Venkataraman, A., Plog, B. A., Liao, Y., ... & Nedergaard, M. (2013). Cerebral arterial pulsation drives paravascular CSF–interstitial fluid exchange in the murine brain. Journal of Neuroscience, 33(46), 18190-18199.
Jessen, N. A., Munk, A. S. F., Lundgaard, I., & Nedergaard, M. (2015). The glymphatic system: a beginner’s guide. Neurochemical research, 40(12), 2583-2599.
Lee, H., Xie, L., Yu, M., Kang, H., Feng, T., Deane, R., ... & Benveniste, H. (2015). The effect of body posture on brain glymphatic transport. Journal of Neuroscience, 35(31), 11034-11044.
Xie, L., Kang, H., Xu, Q., Chen, M. J., Liao, Y., Thiyagarajan, M., ... & Takano, T. (2013). Sleep drives metabolite clearance from the adult brain. science, 342(6156), 373-377.