産業医業務の1つとして、健康診断の事後措置というものがある。
職員の健診結果を確認して、通常業務の可否などを判定するのである。
健診結果があまりに悪い場合は本人・上司らと面談して、療養や残業制限などの対策を検討していくことになる。
職場には職員の安全を守る義務があるため、健康状態の悪い職員を放置しておくことはできないのだ。
そのため、私の産業医先でも以下の基準を満たした方々とは必ず、就業判定を検討するために面談を実施している。
・収縮期血圧180mmHg以上 あるいは 拡張期血圧110mmHg以上
・HbA1c 10%以上
HbA1cというのは過去1〜2ヶ月の血糖値の平均を反映する指標であり、6.5%以上になると糖尿病が強く疑われる。
上の基準は重度の高血圧と糖尿病を示しているのだが、なぜこれらが重要かというと将来的に心血管系疾患(心筋梗塞・脳卒中など)のリスクが高くなるからである。
心血管系疾患を発症してしまうと、麻痺や寝たきりなどで生活に大きく支障が出たり、場合によっては死に至ることもある。発症予防が大事なのだ。
ここまでは産業保健に携わる方々であれば、よく聞く話だと思う。
高血圧や糖尿病があれば、血管が脆くなって心血管系疾患を発症しやすいのは当然である。
では、産業医と面談になるような重度の高血圧・糖尿病が認められたときに、心血管系疾患を発症するリスクはどのくらいあるのだろうか。
この素朴な疑問は、いつ面談者から尋ねられてもおかしくないと思う。
面談者の働き方に重大な影響を与える就業判定を行うからには、この疑問にはっきりと答えたいところである。
しかし、エビデンス付きで回答できる方々は多くないのではないか。
なぜなら、私も以前から気になっていたのだが、なかなか良い文献が見つからなかったからだ。
その度に悔しい思いをしてきたが、ついに私の執念が実を結ぶときがやってきた。
そう、ついに発見したのである。参考となる文献を。
これを紹介できる日が訪れたことを嬉しく思う。
まずは高血圧からみていこう。
私の面談対象となる「重度高血圧(収縮期血圧180mmHg以上 あるいは 拡張期血圧110mmHg以上)」となったときの心血管系疾患の発症リスクはどのくらいのものなのだろうか。
このことに関して参考になるのが、2009年の大阪大学の研究である(Ikeda et al., 2009)。
この研究では、40-69歳の日本人33,372名を対象として、1990-1994年に血圧を測定し、その後2003年までに心血管系疾患がどのくらい発生したのかについて調べている。
そして、重度高血圧になったときの心血管系疾患の発症リスクについて解析してくれているのだ。
まさに私が知りたかった情報である。本当に有り難い。
結果としては以下のようになった。
・男性の重度高血圧では、脳卒中を発症するリスクが6.72倍、冠動脈疾患(心筋梗塞や狭心症)を発症リスクが3.74倍
・女性の重度高血圧では、脳卒中を発症するリスクが5.60倍、冠動脈疾患を発症リスクが3.37倍
つまり、重度高血圧では脳卒中のリスクが6〜7倍弱、冠動脈疾患のリスクが3.5倍前後まで上昇するということになる。恐ろしい。
面談者は自覚症状がないために「別に大丈夫っすよ」などと言うことも少なくないが、将来への深刻なリスクが潜んでいることを認識していただきたい。
起きてからでは取り返しがつかないのである。
さて、それでは糖尿病についてもみていこう。
私の面談対象となる「HbA1c 10%以上」となったときの心血管系疾患の発症リスクはどのくらいのものなのだろうか。
このことに関して参考になるのが、2015年の台湾の研究である(Chen et al., 2015)。
この研究では、5,277名の対象者(そのうち7%が糖尿病)を平均9.7年追跡して、心血管系疾患の発生状況について調べている。
ここで分かったのは、以下のようなことである。
・HbA1c 7.5%以上の場合、心血管系疾患の発症リスクは1.82倍
・HbA1cが1%増えるごとに、心血管系疾患の発症リスクは1.2倍上昇
つまり、HbA1c 6%の人と比較すると、HbA1c 10%の人は1.2の4乗で約2倍心血管系疾患を発症しやすいということになる。
思っていたほど高い数字ではないが、糖尿病の場合は倦怠感などの自覚症状が出たり、神経・眼・腎臓などに障害が出て日常生活に大きな影響を与えることも少なくない。
日頃から血糖コントロールしていくことが症状の進行を抑える上で重要である。
というわけで、産業医に呼び出されるほど健診結果が悪かったときは、将来の健康リスクに十分気をつけたほうがよさそうである。
私も面談対応するときには、必要に応じて今回のデータを紹介していきたい。