2019年9月11日水曜日

うつ病が寛解したら認知機能も改善するのか⁉問題についてガッツリ調べてくれたランセットのメタ分析には、一目置くべきセンスの良さを感じる


「また前みたいに働けるようになるのでしょうか?」





産業医として復職支援に関わるなかで、よく職員の方から尋ねられる質問である。確かに、当事者からすれば、当然気になることだろう。



今までは「段階的に復職を進めていくなかで徐々に良くなっていきますよ」と曖昧にしか答えられなかったが、最近のランセットでこの質問にガッツリ答えてくれる論文が現れた(Semkovska et al., 2019)。


カメラも音楽もインターネットも楽しみたいと思っていたらiPhoneが現れたように、この論文を発見したときは、他の論文とは一線を画すセンスの良さを感じずにはいられなかった。きっと著者は、スティーブ・ジョブズ並みに着眼点が鋭いのだろう。羨ましい。



普段は論文を買うことを潔しとしない私だが、この論文が気になりすぎて、夜も眠れなくなっては日中の業務に差し支えるため、思い切って30€払って購入することにした。



読んでみると、やはり私の直観通り、興味深い内容となっている。先行研究をまとめて、うつ病の寛解者11,882名の認知機能が健常者8,533名と比べてどうなっているのか調べ、75の認知機能項目について評価しているのだ。つまりメタ分析である。



これによって、うつ病が良くなった後でもなかなか改善しにくい認知機能の項目がわかったり、逆にうつ病が良くなれば健常者と変わりない認知機能の項目がわかったりできるのだ。これは有難い。もうランセットの方角に足を向けて寝られない。






ではまず、結果の概要についてみていこう。



うつ病寛解後では、73%(55/75)の認知機能項目で有意に低下





・処理速度、視覚選択的注意、作業記憶、言語学習、遂行機能は小~中程度の低下


・長期記憶に関する項目では大きく低下


・58%の項目では再発を繰り返すほど低下していく




やはり、多くの項目で認知機能に低下がみられるようだ。復職のときに多くの方々が心配されるのも無理はないだろう。



また、再発を繰り返すほど認知機能が低下していく項目が大半を占めており、うつ病を未然に防いだり、再発を予防したりする取り組みへの期待が益々高まる結果となっている。産業保健活動の重要性がヒシヒシと感じられる。






では次に、個別の認知機能項目についてみていこう。



健常者より大きく低かった項目



・論理的記憶の即時再生(g = -0.81, 95%CI -1.01 to -0.61)


・論理的記憶の遅延再生(g = -0.88, 95%CI -1.19 to -0.57)


・パターン認識潜時(g = -0.84, 95%CI -1.18 to -0.50)


どうも論理的記憶が大きく影響を受けるようである。「考えがうまくまとまらない」と訴える方々とよくお会いするのは、このためかもしれない。職場のコミュニケーションは大きく障害される可能性がありそうである。






健常者と同等だった項目


・聴覚的注意


・一般的な個人的出来事の記憶


・時間制限のない知的能力


・時間制限のない抑制能力



知的能力に関しては、時間制限がなければ健常者と変わりないようである。可能であれば、復職後はタイムプレッシャーの少ない仕事に従事できると適応しやすいそうである。復職の際にはぜひ検討していきたい。






健常者より優れていた項目


・感情表情の認識(g = 0.89, 95%CI 0.11 to 1.67)


・ネガティブな言葉の記憶(g = 0.56, 95%CI 0.10 to 1.11)



うつ病が治ると健常者よりも良くなるのかと思われた方々もいらっしゃるかもしれないが、論文の考察を読むと、このあたりはうつ病になった人がもともと持っている「リアリズム」が関係しているようである。



我々はみな同じ世界を見ているように感じるかもしれないが、同じことを経験しても感じ方が人それぞれ違うように、各自のフィルターを通して物事をみているのだ。



私のようにのほほんとした人間は、都合の悪いことがあっても「まぁ、そういうこともあるよね~」と右から左に受け流してしまいがちだが、リアリズムは強い方々は厳しい現実を直視して問題に取り組むため、その代償としてメンタルを病みやすい側面があるのだ。どちらがよいのか悩ましいところである。






さて、これでうつ病が寛解した後の認知機能変化について知ることができた。



個人的には、実務面にも大いに役立つ示唆に富んだ研究だったと思う。



特に、復職時は論理的記憶の障害から職場でのコミュニケーションを困難に感じる可能性があることを念頭においてサポートを行っていきたい。



現場からは以上である。