2019年8月31日土曜日

突如として訪れた悪性症候群の奇襲に立ち向かうべく、人類の叡智を結集させたデータで武装することにした


それは突然の出来事だった。





病棟業務を一通り終え、医局でまったりしていると、内科の先生から電話があった。



お話を伺ってみると、悪性症候群の患者さんがいるから入院対応をお願いしたいとのことだった。






「悪性症候群」とは、いかにも悪そうな病名である。そして、実際に悪い。



抗精神病薬の副作用として出現することが多く、38℃以上の高熱、筋強剛、振戦、頻脈、血圧変動、焦燥感などを呈して、場合によっては死に至る恐ろしい疾患である。



ただし最近の研究では、発生頻度は0.02-0.03%と稀であり、死亡率は5.6%と報告されている(Pileggi & Cook, 2016)。



とてもレアな疾患であり、私も今まで経験したことがなかったので、本当にそんな疾患が存在するのかと疑ってさえいた。これは幻の疾患であり、私のなかではツチノコの存在可能性と大して変わりなかったのである。






そんな中で今回起きた出来事はまさに青天の霹靂である。ツチノコを見つけたくらいの衝撃が体を走った。



上下関係の厳しい縦社会に生きる私は、内科の先生から入院対応をお願いされたとき、反射的に「はい、わかりました。」と即答したが、実際に悪性症候群の対応をするのは当然これが初めてである。



このまま一人で戦えば、巨人 vs 人間の構図のように、結果は火を見るよりも明らかである。



私は、戦闘能力の高い経験豊富な上の先生のお力を借りて入院対応を行い、無事にこのケースを乗り切ることができた。






ただ、このままおんぶにだっこというわけにはいかない。



今回のケースを通じて学んだことを後世に伝えていくことが私の使命であると勝手に自覚し、今後の医学界の発展に寄与するために悪性症候群に関する最新の知見をまとめておくことにした。



今回参考にした論文はこちらになる。


Modi, S., Dharaiya, D., Schultz, L., & Varelas, P. (2016). Neuroleptic malignant syndrome: complications, outcomes, and mortality. Neurocritical care24(1), 97-103.
Oruch, R., Pryme, I. F., Engelsen, B. A., & Lund, A. (2017). Neuroleptic malignant syndrome: an easily overlooked neurologic emergency. Neuropsychiatric Disease and Treatment13, 161.
Pileggi, D. J., & Cook, A. M. (2016). Neuroleptic malignant syndrome: focus on treatment and rechallenge. Annals of Pharmacotherapy50(11), 973-981.
Rodnitzky, R. (2019). Treatment of Neuroleptic Malignant Syndrome. In Therapy of Movement Disorders (pp. 305-307). Humana, Cham.






まずは、リスクファクターについてみていこう。


・抗精神病薬(特に、非定型より定型、持効性薬剤)の使用に伴って起きやすい


・ただし、メトクロプラミド(制吐剤)、アモキサピン(三環系抗うつ薬)、リチウム(気分安定薬)でも発症することがある


・理由は不明だが、40歳未満の男性(男:女=2:1)で起きやすい


・環境因子としては、室温の上昇、拘束帯の使用、脱水など放熱を妨げるものすべてが挙げられる



先行研究をみると、悪性症候群は稀な疾患であるだけに、見過ごされることも多いようである。



リスクファクターを頭に入れて、該当する項目が多いときは、悪性症候群の可能性を考えられるようにしておきたい。






次に、悪性症候群の発症過程についてみていこう。


・薬剤の変更から24時間以内に発症するものが16%、2日以内が30%、1週間以内が66%、1か月以内が96%とされている


・70%のケースでは、精神状態の変化→筋強剛→高熱→自律神経症状の順番に症状が出現する



悪性症候群の代表的な症状としては、高熱、錐体外路症状(筋強剛、振戦、嚥下障害など)、自律神経症状(頻脈、血圧変動、発汗など)の3つに分かれる。



これをただ漫然と覚えるだけでなく、症状が現れ方も理解しておくと、悪性症候群を特定しやすくなるはずである。






次は、検査所見である。代表的なものは血中の白血球とCKである。


・白血球増多(左方移動なし)


・CK上昇(1,000~20,000 U/L)



白血球は左方移動がないことが特徴的である。検査の際は、分画も忘れずにチェックしたいところである。



また、CKもたいてい異常高値となるため、臨床症状に加えて、この所見がみられたら、積極的に悪性症候群を疑いたい。






それでは、治療についてみていこう。


・原因薬剤を中止する


・保存療法として、脱水や電解質異常を改善するために、補液を行う


・薬物療法としては、ダントロレン、ブロモクリプチンの2つが有名


・ダントロレンは1日1-2mg/kgから開始して6時間ごとに投与、ブロモクリプチンは6~8時間ごとに2.5mgずつ投与する


・改善に乏しい場合は、電気痙攣療法も治療の選択肢となる


・症状が消失して2週間以降に、必要があれば原疾患の薬物療法を再開する。最低でも5日間は空けたい。


・抗精神病薬を再開するときは、低力価のものを少量から始めるのがよい



このあたりはケースレポートの分析などから導きだされた治療法であり、エビデンスレベルはどうしても低くならざるを得ない。症例数が少ないだけに現時点では致し方ない。参考程度にとらえておこう。



悪性症候群の際は大量補液を行うことが多いが、今回探した文献のなかには具体的な基準の記載はなかった。今後の研究が待たられるところだ。






最後に、予後についてみていこう。


・死亡率は5.6%であり、高齢、急性腎不全、敗血症、うっ血性心不全、急性呼吸不全などは死亡のリスクファクターとなる


・ただ、ほとんどのケースは1,2週間で改善する


・再発率は30%程度認められる



やはり合併症がみられると予後が悪い。特に、急性呼吸不全がみられると死亡のオッズ比が7.1(95%CI 4.0-12.6)となり、合併症のなかでも最も死につながりやすいことには留意しておきたい。






さて、悪性症候群のリスクファクターから予後まで一通りみてきた。



これで少しは悪性症候群の全体像がみえてきたのではないだろうか。



悪性症候群が突如として襲来してきても、今回得た知見で武装することによって、ビビらずに対応できると幸いである。



私も次に悪性症候群に遭遇したときは、満を持して臨みたい。