産業医として働いていると、健康講話を頼まれることがある。
健康を維持していくためには普段の生活習慣が非常に重要となるので、生活習慣が乱れると死亡リスクがどのくらい上がるのかといったことを説明するのだが、聴衆の反応を見ていると、いまいちピンと来ていない。
私が彼らの心の中を察するに、「ふーん、そうなんだぁ」程度にしか思っていないだろう。
確かに、そう思うのも無理はない。
人間には双曲割引といって、より将来の出来事の価値が相対的に割引かれる性質がある。
彼らが実際に亡くなるのは何十年も先だろうし、遠い将来の話をされても実感が湧かないのだろう。
ただ、そうだからといって私がこのまま大人しく引き下がるわけにはいかない。
私だって健康講話のために手間暇かけて臨んでいるのだ。
せっかくやるなら、できるだけ大きなインパクトを残したい。
もっと聴衆が実感できるようなリアルな情報が欲しい。
「本物をくれよ!強烈なインパクトを受けた顔、顔、顔!」とゾンビ映画の監督さながら狂気に満ちた形相で血眼になってリアリティを追求しながら文献検索してみると、「これだよ!これ!」というものが見つかった。
参考になったのは、2020年にBMJに掲載されたフィンランドの研究である(Härkänen et al., 2020)。
この研究では、25-74歳の被験者38,549名を対象として平均16年間追跡し、生活習慣と平均寿命の関係について解析している。
この研究のポイントは、単に生活習慣が乱れると死亡リスクが何倍になるという話ではなく、平均寿命をリアルな数字として表しているところだ。
つまり、生活習慣によって平均寿命がどのくらい変わるのかということが一目瞭然でわかるのだ。
これは医療従事者ではない一般の方々でもインパクトは大きいだろう。
ではさっそく結果についてみていこう。
年齢別男女別に解析が行われているので、30歳、50歳、70歳の場合でそれぞれの要因がない人と比較して紹介する。
30歳の場合
ヘビースモーカー(20本/日以上):男性で86.8→80.2歳、女性で88.4→82.9歳
糖尿病(治療中):男性で86.8→80.2歳、女性で88.4→83.1歳
運動不足:男性で87.4→85.0歳、女性で88.8→87.0歳
日常生活で耐えられないほどのストレス:男性で86.2→84.0歳、女性で87.9→86.1歳
50歳の場合
ヘビースモーカー(20本/日以上):男性で87.3→81.2歳、女性で88.6→83.4歳
糖尿病(治療中):男性で87.3→81.2歳、女性で88.6→83.6歳
運動不足:男性で87.9→85.6歳、女性で89.0→87.3歳
日常生活で耐えられないほどのストレス:男性で86.8→84.7歳、女性で88.1→86.5歳
70歳の場合
ヘビースモーカー(20本/日以上):男性で89.0→84.1歳、女性で89.6→85.3歳
糖尿病(治療中):男性で89.0→84.2歳、女性で89.6→85.5歳
運動不足:男性で89.5→87.6歳、女性で90.0→88.5歳
日常生活で耐えられないほどのストレス:男性で88.6→86.9歳、女性で89.2→87.8歳
やはり、タバコと糖尿病では平均寿命に大きな差がみられる。特に、若いうちからこのような項目に該当すると、平均寿命により大きな影響がありそうだ。
30歳でヘビースモーカーや糖尿病で治療中だと平均寿命が6年ほど短いということは頭に入れておいたほうがいいだろう。
運動不足や日常生活のストレスも平均寿命と関連しており、どの年齢や性別でみても大体2年くらい平均寿命が短い。
この期間を短いと考えるか長いと考えるかは人それぞれだが、可能な限り運動やストレスについてもケアしていくことに越したことはないだろう。
ぜひ皆様方におかれても、「習慣は続行する。健康的な生活習慣は止めない!」ということを意識してみてはいかがだろうか。